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「カムイミンタラ」とはアイヌ語で「神々の遊ぶ庭」
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アイヌモシリ(北海道)の中央にそびえる大雪山の雄大な頂を、先住民族アイヌの人々は古来よりこう呼んできました。
2005年7月末、この「カムイミンタラ」という施設はオープンしました。
関東圏に住むアイヌが自由に集い、生活文化の伝承や儀式ができる場所をとの思いで、東京アイヌ協会会長の浦川治造が中心となって運営を始めたばかりです。
奇しくも亀山湖(タートル・マウンテン・レイク)という先住民族には縁深い名の湖の近く、国道465号線沿いの山間の南斜面に作られたこの施設。
1000坪程の里山を借り入れ、荒れ放題だったこの土地を、浦川エカシ(アイヌ語で長老の意)が重機を持ち込み、ほとんど一人で開いた大地です。現在は37坪の休み処の母屋と、25坪程のアイヌ・アート展示のための棟が完成。
近くにはマザー牧場や清澄山があり、紅葉の季節ともなると沢山の人たちが訪れる場所です。嬉しいことに、地元の方々の支援もこの場の大きな支えになってきています。
「弱いものも、強いものも、一緒に力を合わせて生きて行く場所」をと浦川エカシ。
「ここに来れば元気になれて、もう一度社会に羽ばたこうと勇気の出る場所」を願う宇梶静江さん。
この大地を使わせてもらい、自然と人間と動植物との係わりを取り戻そう。
そんな思いも込め、子どもたちが美しい自然と出会える場を作りたいと言うエカシ。
大地の世話もまだまだこれからで、多くの自前の資金を必要としています。でも、この土地があることで、エカシやここに係わるアイヌたち、そしてここに集う和人たちの夢は拡がります。
オープニング・パーティーに駆けつけてくれた北米先住民族の友人、トムやレオとのやりとりでは、海外先住民族アートの展示や、販売による資金協力の場にしようという話も出ています。
寝泊まりもみんなで一緒にしながら、じっくりとアイヌの生活文化、刺繍や木彫などのワークショップなんかをするのも良いねという話しも…。
それは昔、アイヌがそれぞれの家々で、囲炉裏を囲んでふつうにやってきたこと。
そして家の中心におられる火の神を囲んで、それぞれが生きていること、生きてきたことを語り合い、互いに認めあい元気になっていく…。
この寒々とした時代の中で、そんな場所が作れたら、カムイたちもきっと喜んでくれるだろうと私たちは考えています。
是非、皆さんにこの場の夢の実現に、参加ご協力を呼びかけます。
アイヌ民族が集まるだけではなく、この時代の猛烈なスピードの中で忘れがちな生き物としての自分、命としての自分を取りもどす場として、皆様にご利用いただけたら幸いです。
是非、一度ここ「カムイミンタラ」に足をお運びいただけたら幸いです。
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浦川 治造 |


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浦川治造氏
1938年、北海道浦河町姉茶生まれ。
父の狩猟に付き添い、11才の頃から銃を持って山で狩猟をするようになり、自然との深い関わりの中、アイヌの精神性を受け継ぐ。
学業は家の手伝いで放棄、読み書きの不自由の中1983年、45才で家族を北海道に残し単身上京。2年後には解体業の会社を起こし家族を呼び寄せる。
1992年関東ウタリ会の会長に就任。
1995年にはアイヌ初めての国会議員、萱野茂氏を首都圏で支える会の会長に就任。1996年、山梨県大月市に、関東圏のウタリや海外からの先住民族との交流や儀式を執り行う場としてポロチセを建てる。
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同年、束京アイヌ協会を設立し、会長に就任。2001隼春には姉、宇梶静江と星野工とともに渡米。ハーバード大学やMIT、ポストン大学などで儀式を含むアイヌ伝統文化を示し、日本列島先住民族の存在をアピールしてきた。
2005年春から千葉県君津市に土地を借り入れ、儀式ができ、子どもたちが自然と交流できるような念願の場を作ろうと、私財を投じ重機を自ら動かし奔走。
7月30日、31日「カムイミンタラ」オープン。
5000人以上関東圏に暮らすといわれるアイヌ民族のエカシ(長老)として、固有の言葉は失われながらも、アイヌの精神性を湛える儀式を日常の中で続けている。
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<関連図書>
「アイヌの治造 ふたりの男が出会わなければ、生まれなかった物語。」→本の紹介
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